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The Second Chapter : Interview with Erb Mon (English ver.)

The twelfth conversation in our series, The Artist’s Muse , introduces Erb Mon, a painter who moves fluidly across walls, canvas, and paper. Working between color field painting, abstraction, and minimalism, he develops a visual language that translates lived experience into shifting fields of color rather than fixed imagery. At the center of his recent practice is Isla , an ongoing series that unfolds as a psychological and conceptual space rather than a physical place. Shaped by years of nomadic living, altered states of perception, and a commitment to minimalism, this “island” becomes both a site of observation and a personal refuge. Existing in a condition between belonging and detachment, Erb Mon quietly questions collective narratives while constructing a more intimate and self-defined perspective. This sensibility extends into the way he approaches both life and painting. Encounters with natural landscapes and moments of introspection have led him to view reality as something fl...

The First Chapter : Interview with Neryhs Wo (Japanese ver.)

         




「Defining Moments(決定的瞬間)」第1章「作品の出発点、あるいは転機となった瞬間」の第9回では、香港出身のアーティスト、Wo Neryhs の軌跡を紹介します。彼女は、誰かに見出され、理解されたいという切実な願いと、他者との完全な理解は果たして可能なのかという問いのあいだにある、繊細な緊張関係を見つめ続けています。

詩、絵画、インスタレーションを横断する Neryhs の作品は、人生に避けがたく伴う孤独を、自由へと変容させる営みでもあります。彼女にとって制作とは、「生」そのものに向けた無条件の愛をかたちにする行為なのです。

その芸術的感性の背景には、宮崎駿作品に見られる奥行きのある物語性や、詩人サラ・ケイ(Sarah Kay)の言葉に宿る「鋭い優しさ(sharp tenderness)」があります。しかし、彼女の表現を真に支えているのは、すでにこの世を去った友人ジェフ(Jeff)への記憶、そして2018年の展覧会で見知らぬ観客と交わした、心を揺さぶるひとときでした。そうした感情の断片を手繰り寄せながら、Neryhs は人生の欠片のような物語を紡ぎ出し、観る者が自らの脆さのなかに、静かに自身の一部を見いだせるよう誘います。

現在、学業という枠を離れ、自らの歩みを始めた Neryhs は、「レッドテープ(red tape)」シリーズを再び手に取り、所属感と「家」という概念への探究をさらに深めています。

本稿は、アーティスト自身の声をできる限りそのままに伝えながら、読者の理解を助けるために最小限の修整を加えたものです。作品を読み解くための小さな手がかりとして、鑑賞のそばに静かに寄り添うことができれば幸いです。では、ここから作家自身の言葉による第9話をお届けします。


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Q. こんにちは。貴重なお時間を割いてインタビューに応じてくださり、誠にありがとうございます。まずは読者の皆さまに作家さまをご紹介しながら、お話を始められればと思います。ご自身をどのようなアーティストとして紹介されたいか、また現在はどのような制作に注力されているのか、お聞かせいただけますでしょうか。

A. 私は多様なメディアを駆使して活動しているマルチディシプリナリーアーティストです。私の作品は、他者に見つけられ理解されたいという願望と、心同士が完全に理解し合えるかどうかという疑念を追求しています。詩や絵画、イラストレーション、公共インスタレーション、パフォーマンスなどで表現しています。

私は、香港で生まれ、ロンドン芸術大学チェルシー・カレッジ・オブ・アーツの美術学士課程を2020年に首席で卒業しました。その後、RMIT大学で2024年に公共美術の修士号を優秀な成績で修了しました。現在は新進アーティストとして活動しています。

私の芸術活動は私自身にとって癒しの過程であり、作品は観客にとっての「物語の時間」です。私はこれまで、人生において避けることのできない感情である「孤独」との関係に取り組み続けてきました。私たちが自分自身を深く理解すればするほど、孤独は次第に「自由」に近づいていくのだと信じています。

私は芸術を通じて感情を伝え、物語を共有しています。それは私の人生の断片であり、言葉だけでは伝えきれない感情やアイデアを芸術に変える行為です。芸術は愛と似ており、理解されると美しくインスパイアされますが、理解されないと意味を持たないのです。それゆえ、作品を発表し、後は観客に委ねます。

芸術を創作することは、私が人生に捧げる無条件の愛の形です。

最近は、帰属感の発展と「家」という概念との関係を探求しています。主に文章と混合メディア絵画で多様なアイディアを実験中です。





how could you leave me with such a long way to go






Q. 「アーティスト」の道へ進む決定的なきっかけ、あるいは制作に完全に没頭するようになった瞬間はありましたか。その経験と、そのときに感じた感情、そしてその瞬間を思い浮かべるときに最初に浮かぶイメージや感覚について、ぜひお聞かせください。

A. 私は、どこにも属しているという感覚を抱いたことがありません。それが、私がアーティストになった核心的な理由の一つだと思っています。私は芸術を通して、誰かに見つけてもらい、理解してもらいたいと願う一方で、心と心のあいだに完全な理解など本当に存在するのかという矛盾を探っています。表現手段としては、詩、絵画、イラストレーション、パブリック・インスタレーション、パフォーマンスなど、さまざまなメディアを用いています。

13歳のころ、日本の彫刻家・深堀隆介のインタビューを読んだことを覚えています。彼の展覧会「金魚救い(Goldfish Salvation)」のコンセプトに、強く心を動かされました。彼はこう説明していました。

「水槽の中には、人間社会と同じように、生と死の物語があります。金魚は生きている限り水槽を汚し続け、もし水を替えなければ、やがて汚染が進み、すべての金魚が死んでしまいます。これは人間にもそのまま当てはまります……私が描く金魚は、実際の金魚ではなく、人間を象徴しています。私には、水槽が地球の未来を予言しているように思えるのです。空気を汚している主犯は、ほかならぬ私たち人間なのですから。」

私は、彼が社会や人類の行く末を見つめるそのまなざしに深く共感しました。彼の彫刻制作の過程を読み、見つめるうちに、自分自身が彼の作品の中の金魚の一匹になったような感覚すらありました。そして私は涙をこぼし、そのときに悟ったのです。これこそが、私のやるべきことなのだと。つまり、他者の内側で見過ごされ、不安定で、あるいは沈黙させられてきた感情や思考をすくい上げ、それらを大きく、はっきりと形にすること。そして、何がそこに存在しているのか、あなたが誰なのかを知る手がかりを与えることなのだと。





solo





Q. 創作の過程で、スランプを経験されたり、大きな困難に直面したことはありますか?
もしおありでしたら、その時期をどのように乗り越えられたのでしょうか? また、その過程が作家さん独自のスタイルや芸術的方向性を見出すきっかけとなったかどうか、そして周囲の環境や人々の反応に変化が生じたかどうかについても、ぜひお聞かせください。

A. 私はいま、これまでの制作活動のなかで最も大きな挑戦の時期を通過していると感じています。それはまさに、「学校」という保護膜(あるいは繭)の外へ出て、独立したアートの現場へと踏み出している最中だからです。そしてそれは、率直に言えば、とても怖いことでもあります。

美大生として過ごすあいだに、作品のコンセプトを言葉で紹介する方法や、企画書・提案書を書く方法など、独立したアーティストに必要な実務的な部分についてはある程度準備することができました。けれども、置かれる環境そのものが一変するという事実は、いまだに向き合わなくてはならない大きな課題として立ちはだかっています。学校という場は、作家が「学生」という身分のままでいられる安全地帯でした。そこでは、与えられた機会や支援、そして失敗しても大丈夫だと受けとめてくれる寛容さのなかで、自由に実験し、自分だけのスタイルを育てることができました。もちろん、独立したアーティストになってからも、そうした試みを続けることはできます。ただ、そのための機会は、自ら掴み取り、自らの力で自分を支えていかなければなりません。そのぶん、失敗がもたらす衝撃はずっと大きく、より個人的な痛みとして迫ってきます。

私は今、自分をどこまで追い込み、どこからは手放すのか、そのあいだのバランスを必死に探っています。制作に関して言えば、私はかなり頑固な方です。露出を増やすために、あるいは流行のテーマに寄せて、より「共感しやすい(relatable)」作品に見えるよう手を加えることには、強い抵抗を感じます。公募やコンペティションで立て続けに不採用の知らせを受けると、深い挫折感に襲われることもあります。それでもなお、私は自分の作品に対する確固たるビジョンを持っており、なぜ自分がこの仕事を続けるのかという問いに対して、揺るがない信念を持っています。

失敗を重ねるなかで、私はより良い結果を得るために、企画書を以前よりも深く、具体的に書き込み、プレゼンテーションする技術を身につけつつあります。制作プロセスを振り返り、美術界の現在地についての情報を集め、そのなかで自分がどこに立っているのかを見定めることも学んでいるところです。何よりも大切なのは、失敗をそのまま受け止め、それをエネルギーへと変換する「心の筋肉」を鍛えることだと思っています。そうすることで、より生産的な結果へとつながる、より鋭く本質的な決断や選択ができるようになるのだと感じています。










Q. 歩んでこられた道のりのなかで向き合った恐れや困難は、しばしば特定の作品の誕生と深く結びついていることがあると思います。制作することがとりわけ苦しく感じられた一方で、そのプロセスを通じて大きな気づきを得たり、大きな手応えを感じたりした作品について、お話しいただけますか。  その作品の背後にある経験や、いま振り返ってその瞬間が作家さんにとってどのような意味を持つのかも、ぜひ共有いただけますと幸いです。 

A. 私は、2018年にロンドンの 5th Base Gallery で開催された「Spilt Milk」展に出品したインスタレーション作品<from______to _____.>を挙げたいと思います。 この作品は、オリジナルのイラストレーション、彫刻、音声、そして拾い集めたオブジェ(found objects)で構成されたインスタレーションでした。 

この作品はいまも、私自身と最も深く共鳴している作品です。技術的にはさらに発展の余地があり、決して完璧だったとは言えませんが、制作プロセスのすべてにどれほど献身し、没入していたかをよく覚えています。ぐちゃぐちゃに絡み合ったごく個人的な感情を見つめることから始まり、思考を集め、物語を書き、それを複数のパートや層へと分解し、最もふさわしい体験として届けるために、さまざまなメディアへと変換していく――その一連の過程すべてが含まれていました。私はこの作品を、最初の発想から最後の仕上げまで、心から愛していると言えます。

鑑賞者が私の作品を「見て、聴いて」いる様子を見守っていたときに覚えた、あの震えるような感覚、興奮、そして緊張は、今でも鮮明に残っています。それは、見知らぬ人々が裸の自分をルーペでじっと覗き込んでいるのを眺めているような心地でした。それほどまでに、この作品はあまりにも内面的で、透きとおるように率直だったからです。あの当時の私のすべてが、そこに注がれていました。

観客の反応もまた、非常に胸を打つものでした。コンセプトについて質問をしに来る人もいれば、私のところへ歩み寄ってきて抱きしめてくれた人もいました。そのなかでも忘れられないのは、ある一人の観客の反応です。20代後半と思しき女性で、展覧会最終日、作品の撤去を待っていた私のもとを訪れた最後の来場者でした。しばらくして彼女が戻ってきたとき、彼女は泣いていました。私は驚きました。すると彼女は、「私に話しかけてくれる、こういう作品をつくってくださってありがとうございます」と言ったのです。その言葉は、その瞬間から今に至るまで、私の胸の奥深くに刻まれています。

作品に添えたテキストは、英語・広東語・日本語の三つの言語で書かれていました。それぞれの言語が、それぞれ固有の語り口と声色を持つ「私の別の側面」を表していたのです。そして、その観客もまた、この三つの言語すべてを操る人でした。彼女は、スーツケースの中の録音機や小さなオブジェなど、作品の中に潜ませておいた「手がかり」をほとんど見つけ出し、作品をとてもゆっくりと、深く味わってくれました。そのおかげで、物語の大部分を理解することができたのです。

まさにその瞬間、私は「芸術の魔法」を理解しました。見知らぬ二つの心を結びつけ、他のどんな手段でも代替できないかたちで、お互いの内的世界やエネルギーを感じ取り、理解し合うことを可能にする力を、芸術が持っているのだということを。

この作品は、私がアートを続けていくうえで、最大の原動力の一つになりました。芸術を通して「見いだされ、理解される」ということの美しさと、その完全さを教えてくれたからです。そして同時に、その瞬間に込められた意味が、どれほど強く、どれほど深く人を支えるのかも知らせてくれました。





from______to _____




Q. そうした体験は、大きな「転換点」になったのではないかと思います。  その転換点以降、作家自身の芸術世界や制作の方法論はどのように変化したでしょうか。  また、その後の作品が具体的にどのように展開し、どのようなかたちで発展していったのかについても、お聞かせいただければ幸いです。

A.
 以前の私は、感情を分かち合うことに対して、とても臆病で閉鎖的でした。自分の本当の気持ちを表現したり表に出したりすることが極端に苦手で(今こうして話していて気づいたのですが、おそらく心の奥底にある幼少期のトラウマが原因なのでしょう)、アート制作にその出口を求めました。それでも、作品の中に幾重もの「手掛かり」や「ヒント」を忍ばせることなく、ありのままの感情を提示することは、私にとって極めて精神的負担の大きい作業でした。「誰かに見つけてほしい、理解してほしい」と切に願う自分がいる一方で、「自分の感情や思考が歪曲されたり、ないがしろにされたりするのではないか」と常に怯えている自分もいたのです。

しかし、『from_to_。』という作品、そしてそれに続く心動かされる出会いが、私を少しだけ開放してくれました。実は、展覧会のオープニング前に他の作家の作品を見て回っていた時のことです。同じく出展していた友人が私の作品を見て、こう言ってくれたんです。「あなたがようやく幸せを感じられているのが伝わってきて、私も本当に嬉しい」と。その作品を通じた経験は、私の頑なな「自己防衛の殻」に小さな風穴を開けてくれました。そして、どれほど親密で個人的な感情であっても、アートという営みこそが、それを感じ、表現してもよい「安全な場所(セーフスペース)」なのだと、私は学ぶことができたのです。





Q. その転換点を境に、創作を通じて届けようとする核心的なメッセージや価値観にも、変化が生じたのでしょうか。  もしそうであれば、作家にとって最も大きな変化とは何であったのか、その内実について伺いたく思います。

A. その転換点以降、作品を通じて伝えたいことを、より率直に、より大きく、より明確に立ち上がらせることに、いっそう大胆に踏み込むようになりました。

同時に、自身の創作を「個人的な治癒の手段」として捉えることを越えて、その経験を起点に、よりひらかれた心持ちで世界と向き合うようになりました。 作品が、鑑賞者一人ひとりにとっての「自己発見の旅」への静かな招待状のような存在であってほしいと願うようになったのです。

それは明らかな視座の転換であり、現在もなお、創作の姿勢と表現のあり方に継続的な変化をもたらし続けています。




99, 44 & 46 Blanks





Q. 作家としてのアイデンティティの形成に影響を与えた人物や作品、あるいは特定の環境があれば、どのようなものかお聞かせください。また、それらの影響が現在の制作にどのように反映され、作品世界の中でどのように現れているのかについてもお話しいただければ幸いです。

A. 私の制作だけでなく、生き方そのものにおいても、欠かすことのできない役割を果たしてきた人物が一人います。人生に計り知れない影響を与えてくれた、大切な存在です。

2016年にセントラル・セント・マーチンズ(Central Saint Martins)のファウンデーション・ディプロマ課程に入学したとき、Jeff(Jeffrey Philip Tang)と出会いました。 彼はファッション専攻のクラス、私はファインアート専攻のクラスに所属していましたが、同じ寮の同じフラットで暮らすルームメイトでした。初めて会ったその夜から、離れがたい関係になっていったことをよく覚えています。彼はアメリカから、私は香港からロンドンに来たという共通点があり、芸術の話でも日常のささいな出来事でも、自然と通じ合える部分がたくさんありました。アーティストとして、友人として、そして心から互いを大切に思う二つの魂として、互いに影響を与え合いながら成長していきました。けれども、残念ながら彼は2023年に突然この世を去り、その出来事を境に、私自身は大きく変わったと感じています。

インタビューの最初のほうで、孤独や「どこにも属していない」という感覚がどのようにして自分を芸術の世界へと導いたかをお話ししました。ただ、Jeff はそんな私に最も近くまで寄り添い、魂が「一緒にいる」と実感させてくれた唯一の人でした。想像もしていなかったほどの愛の力とあたたかさを教えてくれ、これまで知らなかった種類の自由と愛をもって生き、そしてつくることへと導いてくれた存在だと思っています。

そうした意味で、彼は何よりも大切な魂であり、現在は言葉にならない感覚のレベルで、自分の多くの作品のなかに静かに宿っていると感じています。

一方で、芸術的な影響という点では、いくつかの作家が思い浮かびます。宮崎駿は、子どものころからずっと大きなインスピレーションの源でした。巧みな比喩表現を通して、社会に強く哲学的なメッセージを投げかける作品づくりの姿勢には、一人の鑑賞者としても深い敬意を抱いています。なかでも特に惹かれるのは、「世界が見てほしい」と信じるものを、自分だけの方法でつくり続ける粘り強さです。特定の技法やスタイルを貫きながら作品世界を築き上げていく、その頑ななまでの姿勢は、内側の世界を守り抜くためのやり方のようにも感じられますし、その点に強く共感しています。

詩人の Sarah Kay もまた、言葉の強さとやさしさの両方を体現する存在として、大きな影響を与えてくれました。 なかでも〈Postcards〉という作品と、Phil Kaye と共演したデュエット・パフォーマンス〈When Love Arrives〉には、私が「鋭い優しさ(sharp tenderness)」と呼んでいる感覚が宿っています。彼女の言葉は、芳香のある空気でできた鋭い矢のようだと感じています。ちょうど必要な箇所にまっすぐ届き、地面に落ちる前にふっと消えてしまうのですが、その感触は確かに身体のどこかに残ります。そして百回読み返してもなお、変わらず心の奥で震え続ける――少なくとも、自分にとってはそうした体験として記憶されています。





Q. 創作のプロセスにおいて、観客はどのような役割を担っていると考えているでしょうか。  
また、作品を他者と分かち合うという行為は、作家にとってどのような意味を持つのか、お聞かせいただけますか。

A. 
結局のところ、すべては「見つけ出されたい、そして理解されたい」という渇望に尽きます。

私が創り出す作品は、私の「助けを求める叫び」であり、観客は「耳」なのです。その声が届いた人々は、近づいてきて覗き込んだり、手を差し伸べたり、抱きしめてくれたりするかもしれません。あるいは、叫んだり、怒鳴ったり、泣いたり、話しかけたり、ただ微笑み返してくれる人もいるでしょう。実に、観客が私の作品から何を読み取るか次第なのです。

誰もが自分自身の物語と、人生で学ぶべき教訓を持っています。しかし、それを直視する勇気を持つためには、時に小さな「ひと押し」や「ヒント」が必要なのかもしれません。私の作品と対話し、願わくば私の行動からインスピレーションを受けることで、観客の皆さんが自分自身の物語により深く向き合えるようになればと思います。

私の作品は、観客の皆さんにとっての長い「自己発見の旅」における、ほんの短い序章、あるいは小さな原動力に過ぎないのです。























Q. 本日は、ここまで深く豊かなお話を聞かせていただき、心より感謝いたします。  対話の締めくくりとして、これまでに経験してきた数々の「転換点」を踏まえながら、今後どのような方向へと自身の芸術世界が歩みを進めていくことを望んでいるのか、お聞かせいただけますか。  また、現在とりわけ関心を寄せている新たなアイデアや、まだ手探りのまま残している未知の領域があれば、その一端についてもお話しいただければ幸いです。

A. 現在は、しばらく手をつけずにいた「red tape(赤いテープ)」シリーズに、あらためて向き合っています。 これまでの経験を携えながら、制作と生活の両方において新たな突破口を探り、自身のアイデアや独自のキャラクターを、作品を通じてより的確に伝えられる、揺るぎないスタイルを築いていきたいと考えています。

もちろん、そのような突破口を見いだすことは決して容易ではなく、多くの時間とエネルギーを要する営みだと感じています。それでもなお、試みる価値があると信じており、この先も挑戦を続けていきたいと思っています。






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Contact
アーティスト : Neryhs Wo
インスタグラム : @neryhs_wo

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